サンリックコラム

vol.07

レアメタルの話や業界のトレンド、サンリックの日常など、ざっくばらんなテーマをコラム形式で掲載していきます。不定期更新。

イノベーション

白い光でイノベーション その5
—— 世界初の白色高分子へ ——

寄稿:山形大学 フェロー 城戸 淳二

2026/08/10


夏休みしか真空蒸着機が使えないとなれば、さすがに学生には研究テーマとして与えられない。
そこで私は、工学部内を彷徨い、蒸着機を所有している研究室を探し始めた。

まるで地図なき旅だ。設備を求めて、内線電話をかけては断られ、またかけては断られた。ある半導体の先生とのやりとり、
「あのう、有機物を蒸着して、発光素子を作りたいんですが……」
と訊けば、
「有機物は汚染の原因になりますので、ダメですね」
冷たい。実に冷たい。
今ならその気持ちも分かるが、当時は心に風が吹いた。

そして最後。
あのう……と、祈るようにかけた内線に、返ってきたのは、まるで天の声だった。
「ほほう、それは面白そうですね。うちの学生も一人つけるから、面倒見てくださいよ」
それが、電子情報工学科の奥山克郎教授だった。
地獄に仏とは、このことか。

ようやく、有機ELのテーマで卒論・修論をやらせられる道が開けた。
専門が高分子化学なので、「電荷輸送高分子の合成と有機ELへの応用」。
すなわち、分子量の比較的小さい蒸着系の有機EL材料を高分子化して、蒸着ではなく塗布で膜を作る。
いわば、塗布型有機EL革命を目指したもので、のちにインクジェット成膜でディスプレイを作るところまで発展する。
研究テーマの一つが、ポリN-ビニルカルバゾール(PVK)を使った発光素子。
材料は単純。原料モノマーのN-ビニルカルバゾールは市販品で、ラジカル重合すれば誰でもポリマーが作れる。
だが、PVKはホール輸送性を持ち、しかも青紫に発光するという、侮れぬ逸材だった。

私は修士の学生、H君に言った。
「このPVKを成膜して、その上から電子輸送性のトリアゾール誘導体を蒸着すれば、きっとPVKが青く光るはずや」
当時の塗布型π共役高分子系素子は、緑や赤では光ったが、青が光らなかった。
だからこそ、これは世界初の青色発光高分子素子になる——そう確信していた。
あの頃の学生は、実によく実験してくれた。

私も独身で、夜中まで大学にいたものだから、学生たちもなかなか帰れなかったのかもしれない。
いや、もはや帰ることなど忘れていたのかもしれない。
特に、H君は働いた。働いて、働いて、働いて、働いた。
1日の最後のディスカッションは、だいたい夜の10時。
「明日までに、これやっといてくれるか?」
そんな言葉に、彼は朝には必ず答えてくれた。

そして、ある夜。
彼は、青く光る素子を見せてくれた。
私は心の中で、静かにガッツポーズを決めた。
これで、世界初の青色発光高分子有機ELの論文が書ける。

さて、ここからが真骨頂だった。
青ができた。ならば、次は緑。そして赤。
私は言った。
「PVKに蛍光色素を混ぜて成膜してみ。ディスプレイに必要な三原色が塗布でできるやろ」
彼は、翌朝にやってきて報告した。
「先生、緑ができました」
「よし、次は赤やな」
だがその夜、彼は少しばかり残念そうな顔で言った。
「先生、赤く光りませんでした。なんか……白っぽいピンクです」
「なんやそれ」
と、私は思わずツッコんだ。

チャート紙を見せてもらうと、そこにはPVKの青と、分散した色素の赤の発光が、両方出ていた。
「なんでや、H君。なんで赤に光れへんのや」
と、言いがかりに近い言葉を吐きながら、チンパンジーより少しだけ大きな脳みそをフル回転させた。

そうか……
おそらく、PVKの発光サイトと赤色素の距離が離れすぎて、励起エネルギーの移動が効率よく起きていないのだ。
Fエネルギーというのは、水と同じ。高いところから低いところへと流れる。
だから、青の励起エネルギーは赤に流れてしまう——ただし、距離が近ければ。
ということは、だ。
色素の分散濃度をさらに下げて、互いに距離をとらせれば、青・緑・赤がそれぞれ独立に光るのではないか?
当時の常識では、青、緑、赤の蛍光色素を混ぜれば励起エネルギーレベルの最も低い赤しか光らない。
ならば、常識を疑えばいい。

私は言った。
「青・緑・赤の色素を極低濃度でPVK中に分散してみてくれ。白く光るはずや」
すると、翌朝。
H君は寝ずに実験したにもかかわらず、目を輝かせてやってきた。
そして、彼の手には——
白く光る素子が、しっかりと握られていた。
それが、世界で初めての白色有機EL素子の誕生の瞬間だった。

何もなかった。
設備も、予算も。
けれど、そこには、想像力と、粘りと、ほんの少しの狂気があった。
ブレークスルーとは常識をぶち破ること。
世界初の白く光るその素子は、
私たちの努力の結晶であり、ささやかな勝利の証でもあった。

つづく。

寄稿:山形大学 フェロー 城戸

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