サンリックコラム

vol.03

レアメタルの話や業界のトレンド、サンリックの日常など、ざっくばらんなテーマをコラム形式で掲載していきます。不定期更新。

イノベーション

白い光でイノベーション その1
—— フラスコと夢と、白い光のはじまり ——

寄稿:山形大学 フェロー 城戸 淳二

2025/04/25


あれは1993年の秋だった。

天気は忘れたが、空気にほんの少し冷たさが混じりはじめていたから、きっと9月か10月。午前9時、私はいつものように研究室に顔を出した。若手の助手というのは、まぁ、言ってしまえば実験室の居候のようなもので、オフィスもなければプライバシーもない。ほんのりと薬品の匂いを嗅ぎながらその隅っこのデスクに腰を下ろすと、ほどなくして、修士の学生が駆け寄ってきた。

「先生、白く光りました!」

そのひとことで、頭の奥に稲妻が走った。
それは、世界で初めての有機ELがこの地球の上で白く光った、記念すべき瞬間だった。

話はさらに5年ほど遡る。1988年、舞台はニューヨーク、ブルックリン。

独特な香水の匂いが漂う下町の大学で、私は博士課程の学生としてフラスコを振り、日々試薬を混ぜては測定する毎日だった。ある日、研究室の棚に並ぶプラスチックのサンプルに目を奪われた。試しに紫外線ランプを当ててみると、どうだ、赤や緑、目が眩むほどの発光を放った。

それは私にとって、5番街のティファニーの宝石よりも魅力的なものだった。

「もし、これを紫外線じゃなくて、電気で光らせることができたなら——世界が変わるで

博士課程の学生ながら、私は少年のように胸をときめかせた。

もっと昔の話も、ついでにしよう。

私の研究者としての出発点は、早稲田の学部時代にさかのぼる。土田英俊教授のダジャレで、「城戸君には“希土類”の研究をやってもらおう」と決まった。「きどるい」と「キド」。人生とはかくもユーモアに満ちている。テーマは「希土類金属イオンと高分子電解質の錯形成反応」。水溶液中での高分子と金属イオンの相互作用、まるで理屈だけが歩いているような世界だが、私は密かにもっとピカピカと光るもの、人生を賭けられるものを追いかけていた。

——プラスチックは、電気で光らないのか?

その問いに憑かれた私は、図書館に通い詰め、静寂の中でページをめくり続けた。
そしてついに1963年のマーチン・ポープ教授の論文に出会う。アントラセンという有機化合物に数百ボルトの電圧をかけると、青く光るという。

「やられた!」と叫びたい気分だった。

でも、同時に「やはり光るのだ」と、確信も得た。

すぐに指導教官だったヨシ・オカモト教授に持ちかけると、「希土類金属錯体を電気で光らせる?ほう、面白いじゃないか。実はそのポープ教授に単結晶を作ってあげたのは、私なんだよ」と笑い、続けてこう言った。「ニューヨーク大学にいるはずだから、会いに行こう」

——こうして私たちは、橋を渡ってマンハッタンへ向かった。

ワシントンスクエアにあるポープ教授のオフィスは、10畳ほどの狭い部屋だった。彼はレポート用紙を広げてボールペンでスケッチを描きながら、「こうやって電圧をかければ光るよ」と語った。その説明が参考になったかどうかは、今でもよく分からない。でも、私は背中を押された。

さっそく透明のITO(インジウム-スズ酸化物)電極を成膜した基板を手に入れ、テルビウム錯体を溶液からスピンコートして、上からアルミニウムを蒸着した。

が、ショート、ショート、ショート。

溶液ばかりを扱い、有機薄膜の“イロハ”も知らなかった私は、ピンホールだらけの膜を作っていたのだ。

1989年3月、山形大学に助手として着任。研究テーマは、両親媒性高分子と界面活性剤の相互作用。また水溶液中での話だ。私は言われるままに取り組んでいたが、心のどこかでは、あの“光”のことがくすぶっていた。

そんなある日、5月の横浜。高分子学会でのこと。長井教授に同行し、共同研究先の方々と昼食をご一緒した際のことだ。

中華をつつきながら、教授が例のごとく一言。「城戸君は希土類錯体を電気で光らせたいそうでしてね」
すると、先方が「うちの研究所にも一人、似たようなことをやっている者がいますよ」と言うではないか。

聞けば、1987年のタンら(イーストマン・コダック社)の論文がきっかけだったという。

送ってもらったその論文を読んで、私は目を見開いた。

真空蒸着で二層構造の有機半導体を成膜し、p型とn型の材料でヘテロジャンクション構造を形成する。まるで、有機版のLEDではないか。しかも、外部量子効率1%という、当時としては驚異の数値。

「これはやらねばなるまい!」

私は教授に頼み込み、出張旅費をいただいて、米沢から大船の研究所へ向かった。
真空蒸着機を借りて、テルビウム錯体を使った素子を作製。すると——3か月後、ついに緑色のテルビウムイオン特有の輝線発光が観測されたのだ。

これが、私の有機EL人生、記念すべき第一号論文となった。

助手になってすぐに成果が出たのは、私が「キド」だったからかもしれない。
希土類の「キド」。
冗談のようで、本気のような話だが、時に成功の女神は、そんな名札につられて微笑むのかもしれない。

私の有機EL研究は、真空蒸着機も輝度計も何もない、まさにフラスコからのスタートだった。

つづく。

寄稿:山形大学 フェロー 城戸

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